今日は、今回の震災で被災し、いわき市から避難してきている皆さんに関して、新たな情報と今後の復興支援に関してお伝えしたく、書かせていただきます。
少々長くなるかもしれませんが、お付き合いお願いします。
昨日から、茅ヶ崎に避難しているグループホームの施設長が茅ヶ崎を訪れております。
訪問の目的は、「いわきに残った障がい者とその家族を支えるために施設を再開したい。ついては、避難してきている利用者と職員もいわきに戻したい」との内容でした。
「災害にあう」ということは、放射能汚染も含め、どう逃げて避難するか、という問題も大切ですが、放射能の不安もありながら、自分たちの暮らしをどう取り戻していくか、が問題であるという事を思い知らされました。結局、家族や親族、知り合いを頼って避難したとしても、そう長くは続かない。人間関係もあるし、収入もあります。
結局、生きていくために、放射能の危険を顧みず、自宅へ戻って生活+仕事をしていかなければならない多くの人たちがいるのです。ましてや、障がいを持った家族を抱えながら生活+仕事は出来ない。そうすると早急に「支援」が必要になるわけです。
茅ヶ崎、越谷に8名の利用者と6人の職員が避難して来ています。
しかし、非常時なので、ということで、様々な理由で家族と離れなければならなかった方々をむりやり親族に引き取ってもらった方々にも限界が来ています。
通所施設の支援も、『本人のより豊かな生活』のためだけでなく、介護の大変な家族の生活を支えるという側面も担っているのです。そうすると、職員総出で、彼らを受け入れ、その家族や親戚の生活をも支えていかなければならない現実があります。
報道されているように、原発からの放射能汚染の危険は全く見通しが立っていません。
利用者や職員の人権を考えると、安全な土地での生活も選択肢としてあっても良いのではないか?つまりは、茅ヶ崎や越谷で生活を続け、安全になってから帰る、という選択肢を保障しても良いのではないか?そんな風にも思います。
実際、多くの方々の支援によって、茅ヶ崎や越谷での彼らの生活を支援し続けることは可能なようにも思えます。しかし、いわきに於いて、障がい者やその家族を支援できるスタッフは充分にはいません。今避難してきている職員も応援に戻るしかないのです。
放射能の危険があり、多くの外国人が海外へ逃げている報道をみたり、もし逆の立場だったら、自分はともかく、若い、もしくは幼い我が子だけは、安全な地域へ避難して欲しいと思う自分の欲望と照らし合わせると、彼らをいわきに帰すことには、とても抵抗があります。
しかし、いわきで生きていくことを選んでいる、もしくは、いわきで生きていくことしか選択できない人たちにとっては、危険や不安を抱えていても、「帰る」という決断をしたなら、それを応援するしかない、と思います。多くの方々が、『避難してきた障がい者を支援する』という目的のために協力をしてくださいました。しかし、もし、彼らがいわきに戻る決断をしたらなら、いわきでの復興を引き続きご支援いただきたいと強く思います。私たちの感覚として、「いわきに帰れるんならもう大丈夫でしょう?」という感情が働くのは当然だと思います。しかし、分かっていただきたいのは、「帰れる」のではなく、「帰らざるを得ない」という復興のためのさらに厳しい決断である、という事実です。
願わくは、今まで以上にご支援をよろしくお願いします。そして、このことをより多くの方々にお伝えいただきたいと思います。
よろしくお願いします。
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